海外での偶然の出会いとキャラクターの浸透
昨年(2025年11月)、Asian Patent Attorneys Association(アジア弁理士協会)の国際会議(マレーシア)に参加した際、レセプションパーティーでベトナムの知的財産事務所のアソシエイト弁護士と会話する機会がありました。きっかけは、彼女のスマートフォンに表示されていた「ちいかわ」の画像です。思わず後ろから「ちいかわだ」って声をかけたことが、この出会いの始まりでした。
彼女はちいかわの大ファンであり、作者であるナガノ氏のことを「ナガノセンセイ」と親しみを込めて呼んでいました。また、ちいかわの楽曲を日本語のまま口ずさむほど作品に親しんでいました。彼女は、英語も流暢ですが、現在は日本語の学習にも取り組んでいるそうです。
ミームを起点とした共感型の拡散
聞くところによると、彼女がちいかわを知ったきっかけは、TikTok等で拡散されるミーム画像であり、ナガノ氏の他のキャラクターとともに、ベトナムのネットユーザーの間でも日常的に共有されているそうです。
これらのミームは、単に視覚的に面白いだけでなく、自身の感情や日常と重なるものとして受け止められており、いわば「自分ごと」として共感されている点に特徴があります。実際、彼女自身も「自分に重なる(relates to me)」と感じたことが、ちいかわに関心を持ったきっかけになったと語っています。
専門職層を含む幅広い層への浸透
なお、彼女はベトナムの中堅法律事務所に勤務し、英語での業務遂行も可能な、いわゆるホワイトカラー層に属する人物です。この点は、ちいかわの受容が特定の年齢層やサブカルチャーに限定されるものではなく、専門職に従事する層にも広がっていることを示唆していると思います。
なお、彼女は、ちいかわの中でも特に“モモンガ”を推しており、モモンガのグッズをコレクションしているそうです。実際にそのコレクションの写真も見せてもらいましたが、個別キャラクター単位で需要が形成されている点も興味深いです。
コンテンツとグッズの広まりのギャップ
その後、追加でヒアリングを行ったところ、コンテンツとグッズの広まりの間に興味深いギャップが存在することがわかりました。
ベトナムでは、ちいかわのコンテンツは、ファンによって英語やベトナム語に翻訳され、アニメや漫画も広く視聴されている一方で、グッズについては、正規品の入手は依然として容易ではないそうです。
実際には、日本・韓国・中国などからの越境購入に加え、日本のフリマアプリ(例えばメルカリ)を通じて中古品を安価に仕入れ、ベトナム国内で再販売する、いわゆる転売的な流通も一般的に行われているとのことです。
このような非公式な流通経路が、結果として現地における供給を補完している実態がうかがえます。他方で、オンライン・オフラインを問わず模倣品も多く流通しており、需要の高まりに対して権利保護や正規流通の整備が追いついていない状況も確認できました。
なお、例外的に正規ライセンス商品としては、中国系雑貨店MINISO(名創優品)の店舗で一定の取り扱いがあるそうです。
二次流通が支える市場構造
さらに、日本国内における流通の一端を確認するため、メルカリでの取引状況をチェックしたところ、ちいかわ関連グッズについては新品・中古を問わず多数の出品が確認され、比較的低価格帯の商品が多く流通していることが見て取れれます。こうした状況は、海外の販売者が日本国内で商品を仕入れ、現地で再販売することを可能にする環境が形成されていると考えられます。
とりわけ、ぬいぐるみやキーホルダーといった小型の商品は輸送が容易であり、個人レベルでの越境取引とも親和性が高いです。このような商品特性も、非公式な流通経路の拡大を後押ししている要因の一つといえるでしょう。
コンテンツ先行型の市場形成
このように、コンテンツの浸透スピードに対して、正規品グッズの流通およびライセンス展開が後追いとなり、その間隙を越境取引や個人による再販売、さらには模倣品が埋める構造が生じています。この構造は、従来のライセンス主導型のキャラクタービジネスとは異なり、需要の先行と非公式流通の拡大が市場形成を先導する新たなモデルを示唆しています。
キャラクターの海外展開においては、単に権利を取得するだけでなく、コンテンツの浸透スピード、流通や現地の購買行動を踏まえた戦略設計が不可欠だと思います。
鈴木 徳子
株式会社ブランシェ 代表/弁理士(弁理士法人ブランシェ国際知的財産事務所)
ウォルト・ディズニー・ジャパンにてキャラクターライセンス業務に従事。現在は、株式会社ブランシェにおいて企業のIP戦略・ブランド構築支援を行うとともに、弁理士として特許・商標等の権利化業務にも携わる。キャラクタービジネスや海外展開を見据えた知財戦略の立案を強みとする。
